1710年、津和野藩主亀井茲親が創建しました。
本殿は権現造りで、妻破風の拝殿です。この地は、柿本人麿の生誕地とされ、奈良時代から語部綾部家によって、代々守りつづけられています。現代の綾部家当主は50代目で、戸田柿本神社神官です。綾部家は柿本家の語部として大和から下向してきました。
人麿御童子像と付帯像計七体(市指定文化財)
人麿七体像:7体とも高さ60cm前後の彩色された木像で、「人麿が突然戸田の柿木の下に出現し、語部綾部家で養育された」という伝承に基づき、合掌した童子と驚いた様子の養翁嫗の姿が表現豊かに刻まれています。津和野藩御用彫刻師 大島松渓の作。戸田柿本神社拝殿前の梁にあるすばらしい龍の浮き彫りや組物、ご神体と七体像、高津柿本神社の神馬も松渓の作です。
人麿遺髪塚:戸田柿本神社の近くには、人麿の遺髪を埋葬したという「人麿遺髪塚」があります。
所在地
島根県益田市戸田町
益田市HPより引用